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西野の校区の様子
2005.4.7 校区で一番桜の美しいところ 山科団地の間の道の両側に桜があって,トンネルのようにすっぽりと桜の花に覆われます。
西野学区は,山科盆地にあり,500年くらい前には山科本願寺の寺内町として栄え,今でも当時の土塁の一部が残っています。校区には,古いお寺 旧家 田畑 マンション 幼稚園 保育園があり,校区の南には国道一号線 JR新幹線が通り,京都と大津を結ぶ交通の要所でもあります。
この度,校区の様子を紹介するに当たり,4年生から6年生までの希望者が取材しページ作りをしました。
平成15年2月
古くからある家
300年もたつ長屋門のある家
| 長屋門 この家は,約300年前の元禄時代13年ぐらいにできたそうです。 この写真に写っている家の門はとても古く,その門についている 部屋は,長屋門という部屋で,昔は使用人が使っていたそうです。 倉 この家には,倉もあります。 その倉の中には,昔の大きなやりや,昔の人が台所で使っていた道具などがあるそうです。 |
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200年たつ鉄砲や槍のある家
| カラスよけ この家は,約二百年前にできた家です。このかやぶき屋根 のかやは,巣を作る時などの材料として,からすなどの鳥によく取られるそうです。 昨年,北側の屋根のふきかえをしたときに,ステンレス製の針金を屋根に取り付けて,からすよ けにしているそうです。 今では,かやをふける職人さんが少なくなって,滋賀県からきてもらったそうです。 かやをふきかえるのは,お金もかかり,一世一代の大仕事だそうです。 |
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| 鉄砲や槍 この写真に写っているのは,玄関を入ったすぐの部屋にかけられた,昔の鉄砲ややり,火消し棒です。 この家の先祖の人は農業を営んでいて,との様から呼び出しがあると,その鉄砲ややりを持って集まったそうです。 農地は,耕作をまかされたおひゃくしょうさんが米や野菜を作っていて,年貢を納めていたそうです。 |
山科本願寺の土塁
| 山科本願寺を囲っていた土もり 山科に本願寺があったころは,武士も僧も争そっていたので,寺の周りにお城のように堀をめぐらしていたそうです。 ほった土を堀の周りに積み上げたのが写真のように小高く土塁として今でも残っています。300年を誇る家のすぐ裏に連なっていますが,新しい家が建つと壊されていくので,地域の人や大学の先生たちが会をつくって保存運動をされているそうです。 みんなの遊ぶ山科中央公園にもその一部がありますが,大きな木が茂っていて自然の山のように思っていました。 |
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| 地図で見る土塁 西野道と山科川に挟まれるあたりに山科本願寺が建てられました。低地で,堀の水をためるのに適していたそうです。 西野学区の約3倍の広い敷地をもった寺で,全国各地にある「寺内町(じないまち)」の始まりがこの山科本願寺だったそうです。 1532年宗教の戦いで焼き尽くされてしまいました。今は,西宗寺と,江戸時代に2派に分かれた本願寺の真宗大谷派山科別院長福寺と西本願寺山科別院があります。 |
| 500年もつづく西宗寺 山科本願寺に土地を寄進した海老名浄乗(えびな じょうじょう)という人が建てたお寺で,蓮如(れんにょ)の像がありました。 |
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| 蓮如上人(れんにょしょうにん) 1415年 東山大谷に生まれる 1457年 本願寺八代目住職になる 本願寺は親鸞(しんらん)の教えを広める浄土真宗のお寺でそのころは貧しい寺だった。 1465年 法華宗(ほけしゅう)に本願寺をこわされ,北陸・東海・近畿をまわる。 1478年 山科本願寺をつくりはじめる 1483年 完成する 1489年 南殿(なんでん)いんきょ 1496年 大阪へうつる 1499年 山科へもどる 1532年 山科本願寺攻撃されて焼ける |
| 日用品は何でもある 100年ほど前<1907年【明治40年】>に中島伊之助さんが始めて,今は4代目の中島康行さんがやっています。伊之助さんは,康行さんのひいおじいさんに当たる人だそうです。 生活用品を主に売っていて,近所の子ども達がよくおかしお買いにきています。昔は近くにおひゃくしょうさんがいっぱい住んでいたので,野菜以外の米や酒・魚などを売っていたそうです。 西野校区にはお店がほとんどないので,今も昔も近所の子ども達に大人気のお店です。 |
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| 子どもであふれるお店 放課後は,子ども達の自転車がならび,中島さんのおっちゃんとおしゃべりしながらお菓子を買う人でお店があふれるほどです。 スーパーにはない色々な種類のお菓子があって,100円でいっぱい買えるのも人気の秘密です。 |
| 稲刈りの後育てられる野菜 ここは学校に1番近い畑です。 春から夏は田んぼで,秋から冬は大根やほうれん草などの野菜が植えられています。 大根は大きい物から順番に11月ごろから収穫され,ほうれん草は天候によって左右されるけれど,1月ごろから2月ごろに収穫されるそうです。 |
学校近くの畑 |
| やわらかいほうれん草はビニールの中で これは,ほうれんそうです。ほうれんそうは,そのままにしておくとしもが当たってかたくなるので,ビニールをかぶせるそうです。 ビニールの中は温かいので早く育ちます。ビニールをめくるとほうれん草の芽が顔を出しました。まだちいさいけれど,あと1ヵ月ほどして2月になると収穫できるそうです。 |
ビニールをかぶったほうれん草 |
| 野菜づくりの名人 わたしたちの学校のとなりには野口さんの畑があります。畑では,大きな大根が育っていました。 野口さんの野菜はとってもおいしいです。学校にも九条ネギなどのつくり方を教えにきてもらっていて,毎年3年生が総合的な学習で九条ネギを育てています。 |
| 朝から夜までの保育 山階保育所は,今から30年前の1973年に建てられたそうです。 現在,職員の人が24名,園児が120名です。 保育所は,朝7時30分に開き,夜の7時まで子どもをあずかっていて,お母さんやお父さんが送りむかえをしています。 動物は,小鳥が1匹いて,年長の人が順番に世話をしています。 散歩は,近くの公園やお寺などに行って,工作に使う葉っぱをひろったりすることもあるそうです。 お泊まり保育は,自然にふれたり,家族と離れて過ごす訓練をしたりするために行くそうです。 |
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| のびのび育って 園児達の毎日の遊びは,園庭の遊具で遊んだり,部屋の中にある遊びの「コーナー」に用意されているもので遊んだりします。「コーナー」は,図書,工作,ブロック,折り紙などのいろいろなものがあります。 遊びコーナーは,園児達にどの「コーナー」で遊ぶかを決める力をつけるために作られたそうで,わたしたちが園児だったころにはなかったものです。 職員の人達の願いは,園児達が「のびのび」と元気に,育ってくれることだそうで,健康にいいため,いつも裸足で生活したり、季節が変わったり,行事があったりするたびにそれにちなんだ話をしたりしているそうです。 |
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| 楽しい散歩 山階保育所は,1か月に,2回から3回ぐらい散歩にいって遊ぶそうです。中央公園の山には,工作に使う材料などをとりにいくこともあるそうです。 近くにお寺もいくつかあるので,すぐいけるのがいいと思いました。 |
| 滋賀県へもバスでおむかえ これは,洛東幼稚園のバスです。バスは園児の送り迎えに使われていて,遠いところでは宇治市や滋賀県から来る園児達もいるそうです。 バスは2台あり,運転手のおじさんも2人います。バスは2回に分けて出発するので,朝のバスで最後に来た園児は10時ぐらいになり,おかえりの園児を送ったバスが帰ってくるのは4時半くらいになるそうです。 バスは,遠足やお泊まり保育など,みんなで出かけたりするときにも使うそうです。 園児達を移動させる時にすぐバスがあるのでとても便利だと思いました。 |
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| 園児が世話するウサギさん 今,洛東幼稚園ではウサギを飼育しています。今は1匹しかいませんが,たまに,一般市民の人達がウサギをくれたり,預かるウサギがいたりするので,これからもいろいろなウサギが飼育されていくことだと思います。 わたしが園児だったころもそうだったのですが,今でも,ウサギのエサは,当番が回ってきた園児達が家からウサギの好きなキャベツ,人参などの野菜を少しずつ持ってきてあげているそうです。 こうして約15年間,洛東幼稚園は,園児と先生達みんなでウサギを大切に世話しています。 |
| こみあう国道1号線 学校の南側を国道1号線が通っています。朝は大渋滞で歩くほうが速いぐらいです。 国道1号線が五条通りに入るところには清水寺があり,春や秋には特に混雑します。 通りに面して,自動車の会社やガソリンスタンド,本屋,コンビニ,ボーリング場などがあります。最近になって大型の薬屋,すし屋,焼き肉屋などが次々にできてきました。 |
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| JR新幹線 校舎の3階からは,新幹線が通るのが見えます。 家族で旅行するのも車で行くことが多く,修学旅行で初めて新幹線に乗る人もいます。名古屋へ行く6年生に手をふることもありましたが,あっという間に通り過ぎるので気が付いてくれたかどうかはわかりません。 新幹線に近いということで,各教室には防音窓とクーラーがつけられていて,南側の窓は閉めていることが多く,新幹線や国道の音はほとんど聞こえません。 |